2010年02月24日

こころがゆれうごく時

生きて行くと
いろいろな人との会話がある。

別れた後、こころがゆれている私に
気づく。

私はこころを集める、胸の中に、
こころの深い部分を意識してみる。

深いこころは映画のスクリーンのように
さまざまの映像を映し出す、
しかし終わればスクリーンのままにある。
というような話を思い出す。

インドの沈黙の聖者といわれる、
ラマナ・マハリシの本にあったことを
思い出すのです。

あるがままに―ラマナ・マハルシの教え


ありがとう。
posted by Kaimei at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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